戦後史の舞台を訪ねて
今日はT嬢と日帰りバスツアー![]()
“白洲次郎・正子旧邸「武相荘」と鳩山一郎旧邸「音羽御殿」”という阪急交通社トラピックスのバス旅行です。
新宿センタービルを8時半に出発し、最初に向かったのは浜離宮恩賜庭園。
約20万本のキバナコスモスが見頃を迎えています。
三百年の松、潮入の池と中島の茶屋もパチリ![]()
続いては、今一番注目を集めている邸宅、音羽御殿と呼ばれる「鳩山会館」へ。
門からつづら折りの坂を上ったところに、関東大震災の翌年、大正13年に建てられた洋館があります。
衆議院議員の和夫(1856~1911)、総理大臣となった一郎(1883~1959)、外務大臣を務めた威一郎(1918~1993)、さらに衆議院議員の由紀夫(1947~)、邦夫(1948~)と4代にわたって政治家を生み育てた鳩山家が、4代にわたり暮らしていた旧家。丸の内の明治生命館でも有名な建築家・岡田信一郎(一郎の友人)の設計です。
1階には応接間、居間、食堂があります。
居間には一郎愛用の椅子が置かれており、この部屋が政治の舞台としても利用されていました。
日当たりの良いサンルームからは、庭園に出ることができます。庭園は今は淋しい感じでしたが、バラや桜が美しく咲き、観桜会も開かれるそうです。
庭園には鳩山一郎像、鳩山和夫・春子像、鯉の泳ぐ水場などがありました(鳩山春子:共立女子学園の創設者のひとり)。
2階には大広間と記念室があります。大広間は、寝室3部屋(子供部屋だったと警備の方が教えてくれました)の間仕切りを撤去し、広間に改装されたものです。窓からは庭園が見下ろせ、壁には一郎の書「和為貴」が掛けられています。
鳩山一郎記念室、鳩山威一郎記念室、鳩山薫記念室の3つの記念室は写真撮影不可で、それぞれの遺した品が展示されています。
一郎のデスマスクと薫さんの手帳(1959年3月7日のページに、夫が亡くなった時刻「前十時四十七分」だけが書かれていた)が印象的でした。
賢夫人として名高い薫さんは共立女子学園長を永年勤めた教育者で、一郎記念室か薫記念室か忘れてしまいましたが、薫さん宛のラブレターも展示されていました。一郎・薫夫妻は当時としては珍しい恋愛結婚だったそうで、展示されていたのは1通ですが、何百通と書かれたらしいです。
館内の至るところにあるステンドグラスも素敵です。一番有名なのは、階段の踊り場にある五重塔の上を鳩が舞う図柄のもの(小川三知の作)。
入館記念のスタンプにも「友愛」の文字。鳩山家の政治理念なんですね。
ランチは「ザ・プリンスパークタワー東京」陽明殿で頂きました。
メニューは、先頃NHKでドラマが放送され、この後に旧宅を訪ねることになっている白洲次郎・正子夫妻が好んで食べたという食材を使ったコースです。
↑サフラン炒飯ピペラード風
(ピペラード:バスク地方の伝統的な家庭料理で、トマト、ピーマン、ニンニク、玉葱を炒め、唐辛子を加え煮込んだ料理)
再びバスに乗り、東京タワーを車窓から眺めました。お腹がいっぱいなので、高速に乗ったあたりでウトウト…![]()
バスは一路、町田市を目指し、予定時刻より早く、「旧白洲邸 武相荘」に到着しました。
吉田茂の懐刀として、日本国憲法制定やサンフランシスコ講和会議に深く関わり、GHQと対等に渡り合った「従順ならざる唯一の日本人」。
樺山家に生まれ、薩摩軍人の薫陶を受けて育ち、骨董や文学の世界に大きな足跡を残した「韋駄天お正」。
そんな白洲次郎・正子夫妻が、終生住まいとした武相荘は、1942年10月、戦況悪化による空襲や食糧難を予測した白洲夫妻が、当時の東京府南多摩郡鶴川村(今の町田市能ヶ谷町)に購入した農家です。名前は「武蔵の国と相模の国の境」に位置することと「無愛想」を掛けたものと言われています。ここで次郎さんは、カントリージェントルマンとして、農業に精を出したのです。
長屋門の下には、可愛い新聞&郵便受けが。
萱葺き屋根の母屋は、部屋の配置が田の字をしている昔ながらの農家で、書斎や家族の居間などほぼ全域が公開されています。
建物内部の撮影が不可なのが残念ですが、家具や持ち物、着物、次郎さんが作ったランプなど、実際に使っていたものが沢山!書斎の本棚には、正子さんが平成まで生きていらしたこともあり、比較的新しい本も並んでいました。
第二ギャラリーでは、NHKドラマの紹介や、正子役の中谷美紀さん、晩年の次郎を演じた神山繁さんのサインもありました。ドラマで白洲夫妻のことをちゃんと知ったというのもあって、熱心に見ていたら、見学者のおばさまに話し掛けられて、「少年期の次郎を演じた高良さんが良かった」「鋭い目が凛々しい」などと、お話してしまいました。
敷地内には散策路があります(鈴鹿峠)。
休憩スペースには次郎さんの大きな写真が。次郎さんは、日本人で初めてジーパンをはいた男でもあるんですよね![]()
入館記念のスタンプを押しながら、プリンシプルを貫いた生活を送っていた次郎さんは、観光スポット化した自宅をどう思っているのかな、などと考えてしまいました。
次郎さんがブレーンを務めていた吉田茂が、2回目に首相になったのは1948年のこと。第48~51代、第二次~第五次吉田内閣(1948年10月15日~1954年12月10日)と長期政権を担いました。その次が鳩山一郎内閣で、第52~54代、第一次~第三次鳩山内閣(1954年12月10日~1956年12月23日)と、こちらは約2年間続きました。
50年以上経った今、吉田茂の孫・麻生前総理の後が鳩山一郎の孫・鳩山総理と、孫たちも同じ順に政権を担っているのが面白いですね。吉田内閣がかなり長期政権だったのとは対照的に、麻生内閣は1年しかもちませんでしたけど。まあ、最近は短命な内閣ばかりで、長期政権だったのは、第三次まであった小泉内閣(2001年4月26日~2006年9月26日)くらい。昔の政治家に比べると、今の政治家って小物な気がしてしまいます…。
というわけで、昭和の政治と大きく関わったおうちを回った一日でした。
どちらも、日帰りツアーの目的地によくなっているお宅ですが、一日で両方見ることが出来、しかも、鳩山総理に政権交代したばかり&NHKでドラマが放送された直後という、ものすごいタイミングの良さ
大満足の1日でした![]()
T嬢、お疲れ様![]()
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