仕事の帰りにカレッタの本屋さんに寄ったので、アンジェリーナのプチモンブランを家族へのお土産に買って帰りました。
私は栗が嫌いなので、基本モンブランは食べませんが、アンジェリーナのモンブランだけは食べられるんです。ネットで検索すると、私と同じような人、意外と多いみたいです
何故家族のためにモンブランを買って帰ったのかというと、今日は父が手術をしてからちょうど1ヶ月なのです。
このブログで自分のプライベートを洩らしまくりの私ですが、家族のこと、それも病院絡みのことを書くのは少し気が咎めるもの(家族はブログをやっていることを知らないから。妹は知ってると思う)。だから、父が入院していた頃は詳しいことはブログに書かず、メールをくれた友達だけにお返事をしていました。でも、親の入院という事態に初めて遭遇し(妹が生まれるときに母がしばらく病院にいたから、正確には初めてではないけど)、親が入院することがどれだけ大変なのかを痛感したので、やはりこの日々のことを多少は書いておこうと思います。
11月末に、かかりつけのクリニックで父がちょっと気になることを相談したところ、「それは大変!大きい病院に行って!紹介状書くから」と言われ、翌日早速病院に行ったらそのまま入院になってしまいました。
あまりに急な入院で、全くリアリティーがありません。パジャマ姿の父は、家でゴロゴロしているときと変わらないのに、ここは何故病室なのか不思議でした。
最初は検査+処置で治り、本人も家族もすぐ退院できると楽観視していたのですが、検査の結果、手術が必要とわかり、手術することになって初めて、私は会社で父のことを話しました。月末月初で仕事の量が多く、喋る暇もあまりなかったし、すぐ退院するつもりでいたので言わなかったのです。
手術の日に休ませてほしい、と言いながら、作り話をしているみたいに感じてしまう自分がいました。入院から1週間たち、精神的な疲れがたまってきていた(入院している父本人や、母に比べたら私や妹の疲れなど大したものではないけど)でしょうか、父のことを全く知らない上司や先輩には、父が入院しているなんて嘘に聞こえているんじゃないかと思い込んで、勝手にめちゃくちゃ凹み、毎朝憂鬱でした。思考回路が変になり、会社を辞めたいとまで思うほどです。
手術さえ済めば全て解決する、早く手術の日にならないかと思いながら過ごしていました。
いよいよ明日が手術となった木曜日、上司や先輩に「明日お休みするので、よろしくお願いします」と言って退社。翌金曜日に手術が済めば一安心だし、土日は休み。そう思うと気持ちも軽くなりました。
ところが、ホームで携帯を開くと母からメールが。父が午後から熱っぽいので手術が延期に…。次の日は、手術がなくなったのに休むのもなんなので普通に出勤しました(当然びっくりされました)。
手術が延期になって一番がっかりしているのは父本人ですが、早く手術を乗り越えて、不安な日々から楽になりたいと思って私も過ごしていたので、リアリティーがないくせに不安感だけがある日々がまだ何日か続くのかと思うと、どっと疲れが増してきました。手術さえ済めば、もう何も心配がいらないということだけが救いでした。
ついに手術の日が決まり、担当の先生から説明を受けました。病院側は、インフォームドコンセントと、後で訴訟にならないためか、合併症とか不測の事態が起こる可能性まで説明するので、ちょっと怖かったです。5%くらいなので低いですよ、と言うけれど、消費税並に高いじゃないか!と思ったり。
手術当日の朝、エレベーター前でお見送りすることに。手術室は違うフロアにあり、エレベーターホールまでしか見送れないので、ドラマみたいに手術室の入口ギリギリまでついていって、ドアが閉まって、手術中の赤いランプが…とはならなかったのですが、なんだかウルウルしてしまいました。
しばらくすると、あとは先生を信じるしかない!と気分が落ち着き、本を読んだりテレビを見たり、うたた寝をしたりしながら、母、妹と談話室で過ごしました。心配ではあるけれど、久々ののんびりした時間でした。
手術にかかる時間を聞いていたので、お昼過ぎまでは呑気にしていました。お昼も病院の一番良いレストランに行ったりして。ところが、私達の予想していた時間を過ぎて、夕方になっても、看護婦さんは呼びに来ない!父と同じ病室の患者さんがちょこちょこやってきて「あれぇ、まだなの?でも大丈夫だよ」と、自分の手術のときのことを話しかけてきます。私達を励まそうとしてくださるのはとてもありがたいのですが、却って心配になるし、あまり何度も話しかけてくるので、だんだんウザくなってきて…。
18:40にやっと看護婦さんから連絡がありました。時間が長くかかったのは麻酔がかかりにくかったからのようで、手術自体は無事終わったと権威の先生から言われ、父の顔色も良く、私達は安堵のため息をつきました。
それが12/15のことでしたから、父はわずか術後12日で、リハビリを全部こなして退院してしまったことになります。年末年始は家族揃って迎えたいという願いが叶って嬉しかったです。あまりの早さに(ICUも1日で出てしまった)、「人間の回復力、生命力ってスゲー!」と、言葉は悪いですが、正直思いました。
今まで、私の身近で入院したのは祖父母だけ。友達のお父さんやお母さんが入院されたり病気をされたりして、「心配だね。○○ちゃんも大変だろうけど、体に気を付けてね」などと言っていても、今思うと、自分のこととして実感を持ててはいなかった気がします。
私の感情の振り幅が大きいせいもありますが(二重人格!?)、こんなに不安になったり、凹んだりするものなのかと、自分でもビックリしました。自分1人で大きくなったような顔をしていますが、親の存在がどれだけ大きいか…。
「いつまでもあると思うな親と金」「孝行をしたいときには親はなし」という言葉は、使い古された常套句のように思っていましたが、いつまでも親に甘えていてはいけない、と反省する良い機会になったと思います。
親に安心してもらえるような、そして私自身がいつ病気になっても悔いがないような、そんな私の道を見つけたい!そして来年(つまり今年)は、愚痴るだけでなくもっと活動的に過ごしていきたい。昨年の暮れ、私が思っていたのはそんなこと。
なんだか収拾のつかない文になってしまいましたが、家族揃って迎えられるお正月のありがたみを、心から感じた小正月の夜です。
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